天使のねがいごと
宇治文香
翁石――二百年前に廃れた文明の、利器。今は無用の長物でしかないけれど。
「というよりも、猫に小判ってとこかしら?」
ぽそっとつぶやく。確かに、機能する翁石も使われない――だれも使い方を知らないから。
彼女はその機能する数少ない一つ――名はユヒユヒユ。
ユヒユヒユの目的は純粋な人間による世界の、再生。そのためになら、他のものを壊すこともいとわない。
彼女は今、主人を求めてさまよっている。
◇◆◇◆
「おじょうちゃん、こんなところで何してんの?」
主人探し――とも言えないので、ユヒユヒユは黙って彼の顔を見る。
だめね、こんなの主人にした日には破滅よ。
けばけばしいオレンジ色の長髪に、紫の目――本来人間の持たない色素から生まれた色。
「わぉ。宝石いっぱい着けて、どっかおでかけ?」
宝石いっぱい……体中に付いている色とりどりの翁石のことだろう。彼女自身が翁石なのだから、それらは飾りでしかない――という点では宝石も翁石も大差ない。
「道に迷ってしまったの」
利用できる者は利用するべき――翁石を知らないようなバカでも。
「そう、迷子?どこまで行くの?」
語尾を上げる話し方が不快。とはいえ、背に腹は代えられない。
「家に帰るところだったの。でもその途中で怖い人たちが追いかけてきて、こんなところへ入り込んでしまったの」
男は顔をこれ以上ないほどにゆるませてユヒユヒユの肩に手を置く。
「おれに出会ったからには何の心配もないよ」
余計に心配よっ。と心の中で叫んでから、ニコッとほほえむ。男は彼女に身体をぴったり付けた。そして壁と壁の合間へ一歩踏み出す。
ニコッからニヤリに変わるユヒユヒユの笑み。
バカね。
ユヒユヒユは死んだように寝入る青年を見つめた。いつも朱赤に輝いているその瞳はガラス玉のように透き通ってきている。
「猫以下だけど、贅沢は言ってられないわ」
彼女は黄色の指輪をなでた。手の上に小さなリングが現れて、見る間にティアラになった。透明の翁石が天使の像に背負われている。その天使は弱々しく、今にも石を取り落としそう。
ユヒユヒユは男――確かケインとか名乗った――の頭を持ち上げて、ティアラを着ける。
途端――赤い光が翁石からあふれ出す。同時にきらきらと涼やかな音を立てながら、翼が開いた。天使は豊満な胸を反らし、朱赤に染まった翁石をしっかりと支える。その姿は目の色を取り戻したユヒユヒユに似ていた。
部屋中に満ちていた赤い光が収まったころ、ケインは目を覚ました。ユヒユヒユはにっこりほほえんでみせる。
まだ意識のはっきりしない様子で彼は頭に手をやった。何か硬い物が指に触れる。
「伝説の翁石よ。どこかで聞いたことがあるでしょ?」
ユヒユヒユは手の上に鏡を出現させ、ケインの顔を映す。
「うわっ!だっせー」
彼はあからさまに不快な顔をした。ユヒユヒユの表情は不快を通り越し……怒りに染まる。
「じゃあ、返しなさい」
あんたなんかただの依代なんだから!
ユヒユヒユは右手を伸ばした。その手首を強い力で握られる。ケインは不敵な笑みでささやく。
「ばかだな。売ったらいい値が付くんだろ?」
「偽造品なんかに、バカ呼ばわりさせる覚えはないわよ!」
ケインに疑問を抱く暇は与えられなかった。
どうせ偽造品なんて考えることが単純で野蛮で……最低!
ティアラのサイズを小さく小さくしていく。青年が苦悶の声を上げながらのたうち回る中でふと、思いつく。
売るっていう手があったのね!
青年の脳が活動を停止する寸前にユヒユヒユは姿を消した。
「これはすごい!」
黒縁眼鏡にぼさぼさの茶色い髪の毛……どうやら人間のよう。
ユヒユヒユは本体――ティアラに触れられることに不安を感じない。彼が人間である予感は確信に変わりつつあった。
「こんなに大きくて輝いている翁石は見たことがない!いくらで売ってくれるんだ」
ユヒユヒユはにっこりほほえむと、手をにぎにぎさせる。
「ん?」
男はようやくティアラ――翁石から目を外し、ユヒユヒユを見る。不機嫌そうな顔。ユヒユヒユは無言のまま、額に埋まっている翁石を蛍光ピンクのつめでたたいた。
見る間にユヒユヒユは透き通り、小さくなった。きらきらと音を立てながらその背中にカーマインの翼が生えてくる。そして、小鳥のような乙女はティアラの天使像の中に収まった。先ほどまでただの天使像だったものが、店員の顔を見上げほほえむ。
「い……遺失文明……フローラリア帝国の遺産?」
「なーに?それ。それを言うならフローラ王国でしょ。ちなみにわたしの名前はユヒユヒユよ。よろしくね」
努めて明るく言う。普通の人間なら、驚いて会話にならないかもしれない。しかし彼の場合は違う。翁石を遺失文明の遺産として愛でる特殊な人間――いわばオタク。
あんまり好きなタイプではないんだけどね。
目的のためには方法を選ばない。力を失って眠りにつく無駄な時間は必要ない。
「ねえ、わたしを着けてみて。いろんなことを教えてあげる。遺失文明のことなら、わたし以上に知っている人はいないわよ」
オタク――名前を知らないからそう呼ぶことにした――は天使像の小さな口がちょこまか動くのを見つめていた。その目はギラギラと輝き、唇はよだれで濡れている。
「ねえってば!」
ユヒユヒユが急かすと、オタクは我に返った。両手でティアラをゆっくりと持ち上げる。ユヒユヒユは久々に心が躍った。
しかし……
「だめだっ。全てを知ってしまったら、何にも面白くなくなってしまうじゃないか!」
ユヒユヒユは放り投げられた。床にぶつかる衝撃に頭がくらくらする。思えば、転移に亜空間支配、還元、と強い力を使いすぎていた。
オタクは未練がましく見つめてくる。あまりに屈辱的なことだが、あと一回変形をするだけで眠りについてしまう可能性がある。今まで興奮して気付かなかっただけ。
主人がいればこんなことはないっていうのに!
「わたしはあなたを許さない。早くわたしの主人を見つけることね。さもないと殺すわよ」 オタクはうなずくとユヒユヒユを拾いにきた。ウィンドーの商品を片腕で横に追いやって、空いたスペースにティアラを置く。
ユヒユヒユはほほえみを作って、瞳を閉じた。まだ眠りについてはいないし、かといって、人を殺せるほどの力が残っているわけではない。
とにかく、早く主人を見つけなきゃね。
そうつぶやくと、浅い眠りの中に引き込まれていった。
◇◆◇◆
ユヒユヒユは強い悪寒に身を震わせる。人間ではなく、しかも偽造品でもない。
わたしの知らない情報なんてこの世にあってはいけないのよ。
「あなたたちには渡さない」
深緑の髪に青白い肌、それに何より気持ち悪い媚笑――気に入らない。人間ではないくせに翁石を使っている。
それも百年もの長い間!
吐き気がした。彼女の所持している翁石を取り上げて、粉々に砕きたい、と思う。
もし、わたしの兄弟だったら、取り込んでしまうんだから!
ユヒユヒユは主人に強い干渉をした。彼の体中に着けられた翁石が一斉に輝き始める。
「戦って、勝って、ユヒの願いを叶える」
そうよ!あなたはわたしを愛しているもの。
主人――白峯は駆け出す。足首に着けた翁石が輝いて、白峯は音速に近づいた。
「愚かだな」
少女がつぶやくのがすぐ横で聞こえた。
避けたというの!
「ばーか!何でも知っているつもりかもしれないけど、世の中そんなに薄っぺらくないんだよー」
聞き覚えがある。しかし、ユヒユヒユはそれがだれの声だったのか思い出せない。
なんでよ!どうしてわたしに分からないことがあるの?思い出せないことがあるの!
でたらめよー、と困惑している間に翁石の輝きは失せ、放心した主人の頭に踵が落ちてくる。
「ばーか、ばか。ボクのことも思い出せないでやんのー。ねえねえ、殺しちゃいなよー」
ユヒユヒユは人間型に戻るのも忘れ、少女を見上げる。こんな時でもきらきらと涼やかな音が鳴る。
「何年私の側にいる」
「うーんと、百十二年!……分かったよ、人殺しなんて頼まないよ」
少女はくるりと踵を返し、髪の色と同じ森の中に消えていく。
ユヒユヒユは屈辱に――あまりの屈辱に耐えられなかった。頭蓋が砕けるまでティアラを縮めた。人間型に戻って、ティアラを取り上げる。
ユヒユヒユの瞳は光り、辺りを同じ色に染める。炎は少女の消えた森を包み、焼き尽くす。
目を凝らすと、服をすすけさせて、少女が立っている。彼女の背中には緑色の翼が生えていた。
「早く消せ」
少女のつぶやきが、聞こえた気がした。その翼は赤い炎を包み込み、消し去る。相手は主人のいる翁石――限度がない。ユヒユヒユは翁石が自分の兄弟であることを確信しながら、深い眠りについた。
鼻歌――向こうの方から聞こえてくる。透き通るような高い声。ユヒユヒユは腹を立てた。女性の声とみて、主人がにまにま笑い始めたから。
わたしっていう者がありながらー!
主人の頬をつねって引っ張る。
「痛ててっ。何だよ、ユヒ」
「自分の胸に手を当てて考えることね!」
ユヒユヒユは手を放した。二人目の主人――ヒスターは面白そうにユヒユヒユの顔をのぞき込んで、頬に軽く口づけた。
「な、何よ」
「妬くなよ」
ユヒユヒユは少し顔を赤らめ、歩き始める。
菜の花畑がどこまでも続いて、金色に輝いている。モンシロチョウがせわしく飛び回り、ユヒユヒユも鼻歌を歌いそう。
鼻歌?そういえばさっきのは……聞こえなくなったけど。
畑には一段高くなったところに小径があるだけ。他には道らしい道はない。普通に歩いていればぶつかるはず。
「うん。確かにあのきれいな歌声が消えてしまったのは残念だな」
どうやら独り言を聞かれたらしい。
「また、そんなことを言うのね」
今度は両方の頬をつねる。ヒスターは意味のないことを言いながら両手を振り回す。
「うわっ!」
ヒスターは叫びながら、ユヒユヒユを抱きかかえ、跳ねた。まさに間一髪。ユヒユヒユがいた場所に、細身の剣が振り下ろされている。
レイピア?どこかで……。
考えている間にも、次の攻撃がやってくる。ヒスターはユヒユヒユを抱えたまま、跳ねて避けていく。
ユヒユヒユはその間に背中の向こうを観察した。だが、茶色いフード付きのコートを被るように着た敵は表情も見えない。
一体、何なのよー?
とにもかくにも、相手が敵であることは確か。観察を続ければ、もっと多くの情報が得られるはず。
「何をしているんだ」
菜の花畑の中から、ひらりと青年が現れた。茶色い敵は動きを止める。ヒスターの呼吸は乱れ、心拍も激しくなっている。
青年は銀髪に真っ白な肌、それに金色の瞳をしている。何よりも黄色い花束を二つ手にしているのが印象的。
「助けて、くれ」
ヒスターはユヒユヒユを降ろしながらつぶやいた。
「ああ、承知した」
青年は一歩踏み出す。
「手を出さないで」
鼻歌と同じ声――透き通った少女の声。
「承知した。任せろ」
また、同じ言葉を繰り返す。
少女は今までと同じく、跳ねながら一歩踏み出した。そして横に振られるレイピアをヒスターは跳ねて避ける。その手に何もない分、動きは機敏。反撃もできそうな気配……が、レイピアの切っ先はそのまま、弧を描いて、ユヒユヒユの首を裂いた。
血は流れないが、人間型を取っているために、痛みが生まれる。傷はすぐに治るが、痛みは消えない。
何なのよ。この子は!
ヒスターが突っ込んでいく。強烈なタックルはうまくいけば大きなダメージになる。しかし、少女は地を蹴った。空高く舞い上がる。ヒスターは空振って青年に衝突する。
少女はユヒユヒユに狙いを定めて、落ちてくる。高く飛んだだけあって、とんでもない速さ。
ユヒユヒユは落下速度を消した。余裕綽々でヒスターの元へ歩く。少女は宙でもがいている。
「大丈夫?ヒスター」
「ああ……。どうもすみません」
青年は不気味なほど心を込めずに笑った。手に持っていた菜の花はどこかに消えている。
「せっかくの菜の花をー!」
何なのよー?
ユヒユヒユはこの日何度目かのつぶやきをもらす。
青年はヒスターの頭から、ティアラを取る。ヒスターは意識を失った。勢いよく投げられるティアラ。ユヒユヒユはその軌跡を追いかけて、速度を消そうとした。
ぱしっ。と快い音が後ろから聞こえた。いつの間にか、地面におり立っていた少女が革手袋をはめた手で、ティアラを受け止めている。
空間転移?
気付いた時にはもう遅い。少女の手首にブレスレットのように巻き付くティアラ。
「ユヒユヒユ。まだ、俺たちは離れたくない。しばらく、眠ることだ」
力が抜けていく。
二人の力を合わせれば、元の世界に戻るのに!世界が昔と同じになるのに!
抵抗するな。今のお前が俺に適うと思うか
少女が、兄弟の隣に転移した。
「殺さなくていいの?」
「俺たちの手に負える相手ではない」
レイピアにはまった翁石は金色に輝いている。少女はフードを脱ぐ。銀の髪、赤い瞳、とがった耳……。
どうしてあなたたち兄弟は人間外の者を支持するの!!
◇◆◇◆
きらきらきらきら……。夏の小川のような涼やかな音を立てて、彼女は目覚める。
驚いたのは所持者の方。灰青色の双眸を見開いて辺りを見渡す。涼やかな音はティアラから聞こえてくる。
赤い大きな翁石に美人の天使の像がかわいくて、彼女にあげようと思ったのに。こんな音を立てるなんて聞いていない。そうだ、店の親父、やけに薦めると思ったらそのせいだったのか。返品しようかな?でも彼女、かえって気に入ってくれるかも。そしたらラッキーだなー。
などと、少年が思っていることはユヒユヒユによく聞こえている。しかし、まだ目覚めきっていないので理解はできていない。
「げんげーん」
問題の彼女が公園の門をくぐってやってくる。げんげんと呼ばれた少年はにこにこ笑って、手を振った。彼女はすぐに駆けてきて、少し弾んだ息で言う。
「ごめんね、待ったでしょ?」
熱い息が顔にかかって、ちょっとどきどきする。
「ううん。僕も遅れてきたから」
噴水の勢いが激しくなった。少年はティアラの雑音が聞こえないのを喜んだ。
「なーに、その輪っか」
「えーと、ティアラだよ。絵美の誕生日プレゼントにと思って……」
恐る恐る差し出す。音が一段と激しくなる。
「わあ、きれい。高かったでしょ?それにとってもいい音ね」
音だけではなかった。翁石も光り始めるが、夕焼けに紛れてしまう。
「やっぱり、赤い翁石は恋の意志なんだー」
少年はつぶやいた。
「何か言った?」
げんげんは顔の前で手を振る。絵美は小さくほほえむと、ティアラを着けようとする。その手に――その右薬指に指輪が見えた。夜店で買ったようなおもちゃ。
「絵美」
少年の声は重かった。少女の動きを止めるには十分なくらいに。
「……その指輪どうしたの」
「へ?」
絵美は手を降ろし、右手を見た。一瞬、驚いたような表情を見せすぐにほほえんだ。
「おしゃれしてきたの。ほら、靴も新しいのよ」
スニーカーだった。それにチノパンにTシャツ――おもちゃの指輪の似合う格好ではない。
「どこで買ったの」
「昨日から、お祭りでしょ?そこで買ったのよ」
少年の疑念は晴れず、ますます濃くなる。
「今日行こうって約束したのに?」
風が吹いた。少年は後戻りのできないことを自覚する。
「あたしのこと嫌いになったの?げんげんのバカっ」
ティアラを押しつけると駆け出していく。後ろ姿を見ながら、追いかけるべきかと悩んで、やめる。もう、絵美のことを信じられない。
立ち上がって、細いティアラのラインを握りしめる。噴水の方を向き、池の中に投げた。水の抵抗を受けながらゆるゆると沈んでいく銀のティアラ。
「何が赤い翁石は恋の意志だ」
つぶやいて、それでもティアラを見つめていた。ゆっくりと透明な池の底に着いた。水面は空の紫を映している。
瞬間。まぶしい光に目を焼かれた。手で、目を覆う。心を落ち着かせて、恐る恐る目を開けた。池が光っていた――赤く、赤く。そして何より、赤い光を発しながら、ティアラの天使像そっくりの女性が出現している。
「……」
少年は食い入るように見つめる。一番に目に付くのは胸。デフォルメされたとしか思えなかった形はそのままに柔らかそうになっている。赤い透き通るような翼。そして髪型――鮮やかなピンク色の髪を黄色の翁石でキャンディーヘアっぽくまとめている。長い睫毛も細い四肢も見事に表現されていた。違うところを挙げれば、ピンクのドレスと赤い目だろう。
「……天使」
彼女はティアラを拾い上げ、差し出す。
「僕が着けるの」
彼女はうなずいた。こわごわと着けてみる。黒髪に銀の細工がよく似合う。
「赤い翁石は恋の意志……いい言葉ね。わたしはあなたの天使よ。いいかしら?」
少年は望むところと、うなずく。彼女はほほえみを浮かべ、優しく口づけた。少年は耳まで真っ赤にさせる。
「わたしの名前はユヒユヒユ。あなたのかわりに泣くわ。だからもう、泣くのはやめてね」 「泣いてなんかいないよ」
ユヒユヒユはほほえみながら涙をこぼす。少年は自分の心が見透かされていることが分かった。
「早く出ておいでよ」
ユヒユヒユはゆっくりと池からあがった。
「お祭りに連れてってあげるよ。家にお母さんの浴衣があったから」
「ありがとう、紫雲英」
紫雲英はユヒユヒユの気遣いがうれしかった。
すらりと背の高い彼女が出てきた時、紫雲英は感嘆のため息をもらした。
「似合う?」
微妙に髪の色や体型を変化させてみた。この世のだれよりも浴衣の似合う女性になっているに違いない。分かっているけれど、訊いてみる。
「あのさ……、えーと、八時から花火が揚がるけど、それまでどうする???」
混乱して舌が回らない。ユヒユヒユは笑いながら、紫雲英の手を取った。首筋まで赤くして、固まってしまう。
かわいい!
「お祭りに行くの初めて!早く連れていって」
紫雲英はうなずいて、歩き始めた。
道を行くにつれて、人が増える。草いきれと焦げたような潮の香りが夏の夜を彩っている。
やがて、小さな提灯が見え始める。人が通りにあふれている。こちらと向こうは線を引いたように、異なる――別世界。
「人が多いから気を付けてね」
ユヒユヒユはうなずいた。しかし不思議なことに、だれも二人にぶつからない。ユヒユヒユを見ると驚いたように皆、道を開ける。
「なんか、ユヒユヒユを連れていると鼻が高いね」
その通り。ユヒユヒユの美貌は老若男女関係なく――魅了する。
「わあ、金魚すくいのおじさん、今年も来てるよ。行ってみる?」
紫雲英は子供のように駆け出した。
さっきとはまるで別人ね。
出会った時は耳年増の少年――今は無邪気な子供だ。どちらの紫雲英もかわいらしい。
ユヒユヒユは紫雲英の後を追った。
「おー、坊主。きれいなねえちゃんだなあ。どうした?」
周りより一つ年期の入った――古汚い屋台の壮年の男性が、どうやら、金魚すくいのおじさんのよう。
「うーんとねー……うーん」
しゃがみ込んで、おじさんを見上げる。ユヒユヒユも同じような姿勢になる。
「……天使」
「なんだって?」
おじさんには聞こえなかったよう。ユヒユヒユと紫雲英はこっそりほほえみあった。
「うーん。新しい母ちゃんか?うんうん、よかったなあ」
一人で勝手に思いこんでいるらしい。紫雲英は困ったように顔を伏せた。ユヒユヒユはその背中をたたいてやる。
「違うよー。こんな若いお母さん、お父さんにはもったいないよー」
「ほう、じゃあ、坊主の彼女か?」
陽気に笑いながら、おじさんはユヒユヒユに椀と網を渡す。
「ねえ、金魚すくいしたことある?」
ユヒユヒユは首を横に振った。紫雲英はさっと網を水面に滑らせ、椀の中に入れる。一連の動作にユヒユヒユは驚いた。のぞき込むと、椀の中で小さな赤い金魚が泳いでいる。
「分かった?」
こく、とうなずき、同じ動作をしてみる。ほんの微妙な差だろう。でもそれで紙は無惨に破れた。
「もう一回させてあげて」
そう言い、ポケットから金を出す。
「坊主、賽銭ぐらいは残しときなって」
おじさんはそれを受け取らずに網を差し出してくる。
「それに、美人にはサービスしとかなきゃな」
かっかっかっと笑いながら、紫雲英の頭を小突く。ちょっとしたいたずら心が芽生えた。
水の表面張力、網の重量……入射角決定。目標を捕捉。行動パターン入力終了。計算開始。誤差修正完了。
ユヒユヒユは瞳を輝かせる。目に見えない速さで『目標』をすべて捕まえた。
「へ?……」
冗談みたいに思えるだろう。
だって、初心者だと思って、油断していたんだもの。
水だけになった水桶をおじさんは泣きそうな顔で見ている。
「ねえ、ユヒユヒユ。家に帰ってもこんなに面倒見切れないから、少しだけもらって帰ろうよ」
金魚は水桶に放たれて、幸せそうに泳ぎ回る。おじさんは出目金を袋の中に入れた。
「ありがとう」
袋を受け取る時、触れた手は汗まみれだった。
「すごいねー。本当に初めてだったの?」
紫雲英はますますうれしそうな顔で話しかけてくる。
「ええ。わたしにできないことって限られているもの」
紫雲英は疑問符を頭の上にいくつも浮かべる。それらを追い払うように首を振った。
「よく見える穴場があるんだ」という言葉に何も考えず、着いていったユヒユヒユもバカだった。
あの段階でここまで読めたら、機械じゃないわよ。
お寺の裏庭。中途半端に手入れをされている。その暗闇を時折、花火の光が照らし出す。 歯ぎしりをしつつ、紫雲英を背に回す。紫雲英の心を勇気と恐怖が交互に出入りしている。ユヒユヒユも同様に勇気と反省が出入りしている。
こんなやつらに何をびくびくする必要があるの!
「一緒に部屋に入っていくところはきちんと見させてもらったんだけど、ね」
あのケインとかいうチンピラのことらしい。
「どこまで見ていたの」
間抜けな質問かもしれない。
「ん?ぜんぶ、でわかる?ほら、ビデオもあるけど見てみる」
どうやら、彼らは仲間内でビデオを撮って、売る――つまらない商売をしている輩らしい。
ったく、いつでもどこでもこういうやつらっていうのはいなくならないものね。
そういう人間を主人にしたこともある。だから、行動パターンは読めてもおかしくなかった。
きっと、寝ぼけてたんだわ。
余裕でそんなことを考えている――とは見えないのだろう。自分の情けなさと主人の影響で震える翁石をチンピラたちは睨め付けた。
「で、さ。これをいろんなところにばらまこうかな、なんて、ね」
「いろんなところ、ね」
勝手にすれば?と言いたい気持ちを抑える。
「わたしにどうしろって言うの?」
ぱさ、とポラロイド写真が投げられる。花火が揚がって、地面が照らし出された。背中で、びくっと紫雲英が動くのを感じた。
「これ……ユヒユヒユ?」
答えなかった。明らかに自分だったから。もっともその姿はなよなよして、他人のようではある。
「こんなのとか、ね。それから……」
ユヒユヒユは鋭い目つきで男を睨む。
「ふーん。その坊やの前ではいいお姉ちゃんでいたいんだ」
目が答えを物語っている。無視して投げられた写真は空中で消えた。
「そう!その術を買いたいんだ」
意外な答え。ユヒユヒユは男の顔をまじまじと見つめた。
「サーカス?見せ物小屋?劇団?」
「きみ、丸ごとってことで、さ。結構、大きなところへご招待、ってわけ」
「わくわくっすね」
勝手に会話を進めている。ユヒユヒユは主人が何をしてほしいのか分からない。分からない内は行動もできない。
サーカス?見せ物小屋?劇団?……!どうして僕の周りの人たちはみんな、みんなそんな目に遭うんだ?せっかく友達になったのに。せっかくお母さんの浴衣を着てもらったのに!それがいけなかったのか?お母さんの浴衣が悪い?僕が、僕が悪いってのかよ?
「あーっ」
紫雲英はユヒユヒユの腰をしっかりつかんだ。
離さない。絶対に渡さない。
そんな気持ちがはっきりと伝わってきた。なんと激しい思いだろう。なんと悲しい思いだろう。
「わたしに不可能なことは少ないんだから!」
怒りと悲しみが――憎しみと苦しみが愛を深くするように……ユヒユヒユははじけた。はじけるように力を発した。
台風の後の稲のように男たちはなぎ倒される。他の物は何一つ変わらない――少年の愛するものは何一つ変えない。
◇◆◇◆
見下ろしていた屋根の上。別に、どうということはない奴らだが。
「いいのか。放っておいて」
「わたしたちには適わない相手なんでしょ!」
まだ根に持っているらしい。エルフ族に恨みを買うのはやめた方がいいな、と記憶しておく。
主人がどうしたいのか手に取るように分かる――というより、どちらの思考か分からないほど、二人の考えは一致している。
「戻って報告するか、逃げるかのどちらかだな」
もちろん、どちらにするのかも分かっている。
「二つの力が重なりつつある」
予言のようなその言葉に驚いた。人の何倍も複雑な彼女の頭脳。いつも驚かされる。
「人間フェチとロリコン?」
「ああ、そうだ」
止めるのかな?放っておくのかな?
放っておくような気がした。
「見に行かない?」
ふたりっきりの森の暮らしは楽しい。でも、自分の好奇心を満足させてくれる出来事も楽しい。
「勝手にしろ」
そう言いつつ、いつも彼女は付いてくる。
ボクを守るために。
それが何よりうれしい。
◇◆◇◆
紫雲英は何も言わない。玄関のドアを開けてもなお、黙っている。
「……紫雲英」
ユヒユヒユは涙が流れるのを止めない。紫雲英はその顔を見て、驚いたよう。
「どうして、泣いているの」
「あなたが泣いているから。ねえ、泣かない方を選んで」
紫雲英は鋭い目で見てくる。そして、足音を立てて、駆け寄ってくる。
「邪魔になってもいい?ちゃんと守ってくれる?」
ユヒユヒユはうなずく。二人は手を組むように握って、外へ出た。まるで、親子のよう――とユヒユヒユは思う。
手当たり次第に訊いて回る他、方法がない。ケインという名を出し、あちこちで話題を振りまいておく。
一か月――山の木々はもうほとんどの葉を落としている。得られた情報を分析すると大きな影が見えた。紫雲英の母もその影の中に沈んでいる。
そして今日、二人は飛び出した。
文字通り――飛び出たところは大きな地下市場。外の市場の真下に造られていて、嫌みったらしい。
「こんなところがあるなんて知らなかったよ」 へんぴな街のど真ん中。信じられないといえば信じられない。
まあ、よくあることだけどね。
今までの経験上、驚くほどのものではない。
にしても、こんな大きなのよく造ったわねー。
街より先にできたとしてもおかしくないほど、大きな空間。
「どうするの」
声を潜めて訊いてくる。
「まずは、お母さん探しでしょうね……どうすればいいかしら」
昔ならば、どこでもコンピュータに侵入できた。今は限られた場所でしか使われていない。
「で、ここが限られた場所である可能性は大きいのよね」
もちろん、ここが町より古いものだったらの話だけど……
どうもそうらしかった。あちこちに防犯カメラが仕掛けられている。懐かしくなるほど高性能のもの。
「あっ」
ユヒユヒユは小さく叫ぶと同時に、紫雲英を抱きかかえ、消えた。
再び現れたのはそこから五十メートルほど離れたところ。後ろではロボットたちが二人を捜している。いきなりのことに驚いたらしい。紫雲英はきょろきょろしている。それをよそ目にユヒユヒユは管理ロボを捕まえた。
『あれ?声が聞こえないよ』と言ったらしい。紫雲英の唇に人差し指を当てる。一応、静かになる。
管理ロボのプログラムをのぞきみる。地下一階の詳しい地図と管理状態が分かる。 一階は事務所が入っている。コンピュータはどの部屋にもあるわけではなさそう。
まあ、管理のきついところがいいんでしょうけど……
危険すぎる。ユヒユヒユは姿を消したまま、行けるところまで行くことにした。
かなり、騒がせちゃったみたいだしね。
紫雲英と手をつなぎ、慎重に歩く。エレベーターまではほぼ一本道。せわしなく動く管理ロボと触れないでおけばそれでよかった。
エレベーターが開くと、警備員たちがあふれ出てくる。それも避け、戸が閉まる前に乗り込む。しっかりと見下ろしてくる防犯カメラ。新しい物らしく粗悪品。
エレベーターは予想に反し、地上へ向かい、上昇を始める。戸が開くと同時に、どっと人が乗り込んできた。
『うわっ』と叫んだらしい紫雲英をしっかと抱きかかえる。
「もう少しで、お母さんに会えるわ」 そのささやきはだれの耳にも入ったが、だれにも声の主は分からない。エレベーターは下降を始めた。一階を素通りし、三階で止まったと、戸の上のランプが示している。
人々が降りたのは広い場所だった。パーソナルコンピュータが円状に並べられている。その中心で、巨大な三次元モニタが舞い踊る少女を映し出している。
三次元モニタなんて二百年前、王国と一緒に消えたものだと思ってたけど……
予想以上に文明の後退に抵抗している集団のよう。もしかしたら、翁石なしで活動していたテロリストの末裔かもしれない。
「ねえ、僕たちみんなに見えないの?」
声を潜めて訊いてくる。ユヒユヒユはうなずいた。紫雲英はそれ以上何も訊かない。ユヒユヒユの不思議な力に慣れてきたらしい。
少女はただ、踊り続ける。その横でひらひらと紙切れのような二次元モニタが数字を表示してくるくる回っている。
「あれ、何?」
少し不機嫌そうに問いかけてくる。
「三次元モニタよ」
紫雲英は不思議そうな顔でユヒユヒユを見つめる。すぐに、気付いて、手を顔の前で振る。
「そうじゃなくて、ここで何をしているのかってことを訊きたいんだけど……」
「観賞会よ」
紫雲英は納得したらしい。納得した振りをしているのかもしれないけれど。
二人は随分歩いた。
「この辺でいいかしら」
最後尾で、人はあまりいない。それを確認して、パーソナルコンピュータの中に髪の毛を入れる。
「何してるの?」
「??」
ユヒユヒユはわかりやすく説明する。現代人には難しすぎたよう。紫雲英は首を傾げる。
同じねえ。ちょっと拍子抜けしちゃうな。
違う進化――退化の仕方をしたとはいえ、コンピュータの基本は変わっていないようだ。
するすると様々な情報が赤い翁石の中に入り込んでくる。紫雲英のティアラは涼やかな音を立てていた。
マザーコンピュータまで侵入できそうね。
欲を出したためかもしれない。ユヒユヒユは見事に拒否された。
「へ?」
ユヒユヒユは髪の毛をパーソナルコンピュータから引っぱり出した。紫雲英は少々心配そうな目で見上げてくる。
「大丈夫。安心して。大したことじゃないわ」
ともかく、ここのメインはいただいちゃったんだから大丈夫。
姿さえ見せなければ、管理ロボも警備員も怖くない。ユヒユヒユは一気に会長室まで飛ぶことにした。
二人が現れたのは大きな扉の前。扉の向こう側に出るつもりだったがうまくいかなかったらしい。
まあ、この方が劇的でいいわ。
「いい?ここは会長室の前。この闇組織の会長に言いたいことを言ってやりなさい。わたしが守ってあげるから」
紫雲英はうなずくと、いきなりドアをノックした。ユヒユヒユはつんのめりそうになりながら、中の反応を待った。
「入りなさい」
女の人の声。ドアが開かれる。ただっ広い部屋の端に大きな机があって、右隣に側近らしい人影が見える。
机に付いた、大きな椅子を後ろへ向けて会長はつぶやくようにたずねる。
「何かご用ですか」
丁寧な言葉がかえって紫雲英をおびえさせる。
「あなたにたずねたいことがある少年がいます」
興味を持ったのだろう。くるりと椅子が回転する。冷ややかな灰青色の瞳が紫雲英を見下してくる。
早く言いなさいよ。
ささやきながら、紫雲英を見下ろす。その目は見開かれ、涙で潤んでいる。ユヒユヒユもなぜだか涙を流し始めた。
お母さんどうしてこんなところにいるの。ずっと探してたのにどうしてこんなところで何をしているの?こんなに側にいたのにどうして一度も会ってくれなかったの?約束したのにどうして迎えに来てくれなかったの?
「どうして?」
「ごめんなさい、紫雲英。私は片時もあなたのことを忘れたことはなかったわ」
今回ばかりは紫雲英の涙に変わってやることはできない。ユヒユヒユは紫雲英を抱きしめた。
「忘れたことはなかったなんて、そんなの信じられますか?ずっと待っていたのに一度も会いに来ないで……」
ユヒユヒユが涙の合間に言葉をもらす。紫雲英は何も言えないほど泣きじゃくっていた。
「もう、会えないと思っていました。私はこの手を汚してしまったから。今でも、彼の母ではないのだと思っています」
「そんな……」
返す言葉も見つからない。紫雲英を抱え、ぼろぼろ涙をこぼした。紫雲英自身、何を望んでいるのか分からないのに、ユヒユヒユに何ができるだろう?
同調して泣く二人を見下ろす視線があった。
「あーもう、いい加減にしてよ」
ぽこっと蹴られる。ふと見ると、記憶から抜け出たかのようにダークエルフの少女が立っている。手には変わらず輝くレイピア。
「ただの機械のくせに目から水なんてこぼしてるんじゃないわよ。気持ち悪い!我慢して見てる方の気持ちになったらどうなの」
続けざまに悪態を吐かれ、唖然としてしまう。
「おい……それはないだろう」
ふと見ると会長の席に座っているのは気障な男になっている。銀髪に金の瞳――忘れようとしても忘れられないコンビである。
「だましたのね?」
我ながらバカな質問だと思う。
「お前の得技だろう」
椅子から立ち上がり、隣の側近と入れ替わる。どうやら側近と見えた男が本物らしい。
「そうそう、翁石の十八番」
長髪の青年は額を押さえ、天井を仰ぐ。
夫婦漫才でもしているつもり?
ユヒユヒユはようやく正気を取り戻した。遅ればせながら、虚脱状態になっている紫雲英を下がらせる。
「お母さんは?この人たちだれ?」
当然の質問をしてくる。ユヒユヒユは前方に意識を集中させつつ答えた。
「お母さんは幻だったの。で、紫雲英をだましたのがあいつらよ」
紫雲英は困惑した様子で後ろへ下がった。ユヒユヒユは二人を睨み付ける。
「まだ時期は来ていないのではなかったの?」
まだ別れたくない。
「おや、珍しい」
青年はどこか焦点の定まらない目で言った。
「まだ別れたくない、だって。ホントめずらしいや」
背後から声がしてくる。振り向くと少女が立っている。森の色の髪のあの少女だ。声は兄弟のもの。
「な、何なの?ここでおしまい?まだ出会ったばかりなのに!」
願いもかなえてあげていないのに! 「願いもかなえてあげていないのに!だって」
「目的のためには、どんな犠牲もいとわないお前らしくないな」
兄弟たちはせせら笑う。腹立たしい。悔しい――いつも自分が他人に向けてきた笑み。
青年はユヒユヒユの眼前に転移する。不必要なまでの近さに恐怖を覚えた。
「どうだ。終わりにするか。人間共の詰まらぬ夢の世界を」
これが人間の夢だというの?人を恐怖に陥れるこの世界を?守護者たちのいないこの痛々しい現実を?
兄弟とその主人たちが迫ってくる。ユヒユヒユは困惑し、何が何だか分からなくなっていた。
「ユヒユヒユ……お母さんは、どこ?」
その一言がユヒユヒユの混乱した思考回路を一旦切断する。すぐに、彼女の頭は主人のことだけになる。
「紫雲英のお母さんはどこ?」
「夢なのだぞ。そんなこと知ってどうするつもりだ」
笑いをかみ殺したような――気障な青年の声。
「いいから教えなさい」
「主人を殺すようなばか翁石が何言ってんのー、ばか」
同じくせせら笑う――生意気な少年の顔。二人の兄弟は眼前で笑っている。同じ表情で――ユヒユヒユのいつもの顔で。三つの身体が融けるように重なる。様々な記憶と見たこともない数式が入り込んでくる。ユヒユヒユの頭は混乱し――それでも、思いは変わらなかった。
わたしは紫雲英を護りたい。紫雲英のお母さんはどこ?
死んだ。過去のどこかに生きているということね。ボクは紫雲英の母親の生きた時代を知っている。
時を戻すのよユヒユヒユ。思い出すのよセリセリセ。見極めるのよモニモニモ。全てはあなたたちの手に。
◇◆◇◆
ちょっとしたショックがあった。現れたのはいつも二人でひなたぼっこをしている森。
ボクがいるってことは、時代が戻らなかったってことだよね。今まで気付かなかったボクってちょっとばか。
「ああ、そうだ」
無表情につぶやく。答えるタイミングがなんだかなあ、だけど……まっいっか。
二百年寄り添った二人の楽しい時はまだまだ続きそう。わくわく。
予想に反し、小さな衝撃ですんだ。世界はそう動いていなかったというのか。
いや待て。俺が存在するということは、時代が戻っていないということだ。
黒い森の中で、無惨に斬殺された死体が転がっている。彼女との出会いの場だ。
「泣くな。俺が代わりに泣いてやる」
二十年の時が、戻りきらないで良かった。
小さな小さな身体を抱きしめて思った。
たった十年の時を戻しただけなのに、ショックは大きかった。三つの力が初めて一つになったというのに目的を遂げられなかった。
わたしらしくないわね。
ほほえんでいる母親の姿が、優しかった。貧しい暮らしはこの世界のせい。
だけどわたしは彼らを守る。そのために自分を犠牲にしたのだから。
少年の頭のティアラはうっすらと瞳を閉じ、優しくほほえんでいる。
三人のうちでユヒユヒユが一番キャラが出来ていないので、苦手意識をなくすために書いてみました。
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