夢のはなし

宇治文香

 頬が引きつるくらい寒い日だった。周りに人はいない。コウモリも蛾一匹さえ屋根の下に逃げ込んでいるようだ。絶好の標的をみつけたと風が一斉に襲いかかってくる。
 右手に持った鞄を下ろし眼下を見渡す。遠くに二点の光が見え足が規則正しく縦に揺れるのを感じる。いつもならば深く吐き出す息を飲み込んだ。青色の手摺に手を乗せる。
 そして、頭から落ちた。途中で意識が途切れて幸運だったろう。繰り返し繰り返し列車に乗られ肉も骨も砕ける。破片はすぐに冷たくなり固くなってまた砕けた。

 朝はカフェオレを飲む。牛乳たっぷりに少しの砂糖。京都で買ったお茶のお椀をカフェボールがわりにしている。今は白と青みを帯びた灰色が雪景色を彷彿とさせる茶碗を使っている。春になったら内側が桜色で外側がたまご色をした茶碗にする予定だ。いつ春がくるのだろう。節分からだろうか、立春からだろうか。やっぱり新年度からだろうか。
 今日は月曜日だから早めに起きた。赤色の弁当箱にごはんと漬物を詰める。ふわふわに卵を焼いて、昨日作っておいたホウレン草のおひたしといっしょに上の段に入れる。乾燥プルーンで隙間を埋めてついでに今の空腹も埋める。
 いつもより五分くらい早い。でもコーヒーを飲んだらもう出かけないといけない。
 新聞を読む暇がない。新聞代なんて払いたくないし新聞屋が来る時間に家にいることが滅多にないので新聞を取っていない。テレビもあまり見ないし世間から離れていると思う。
 今日は月曜日−−水色の大きな袋を廊下においてドアの鍵をかける。半透明の袋の中は紙類と生ゴミが半々。今日は燃えるゴミの日だ。ラップがまぎれ込んでいるが問題ないだろう。
 ゴミ収集所に奥様方が集まっている。この時間には珍しい……こうやってぶつかった時には軽い会釈だけすることにしている。後は駈け足で逃げるしかない。一挙一動全てから難点をみつけてやろうとする彼女たちの視線が不快だ。

「僕は信じてるから」
 デスクの側にきて部長が肩に手を乗せる。何の話だ、気味が悪い。
 仕事がなくて−−職場全体でもそうだが仕事が私に回ってくる様子は全くなかった。あっけないほど気楽な昼休みである。
 あまり食べる気も起きないが弁当を食べよう。自分で作って食べないなんて悲しすぎる。
 鞄の奥から弁当袋を取り出す。赤とオレンジと緑のチェック模様。色あせてきて小学生の頃ときどき感じたむなしさを思い出す。振り払うべしと袋を軽くふる。音がしない。
 袋の口のすき間から中をのぞき込んでみる。箸がない。箸ががないと弁当が食べられない。おなかも空いていないことだし持って帰ってもいいのだが、ご飯が古くなって気持ち悪いと捨ててしまうだろう。今日は家に帰ったらピラフなくらいご飯が残っているのに。
 食堂に行けば箸が使える。乗り気はしないが背に腹は代えられない。
 機械からお茶を入れる。ボタンは一度押したら適量出てくるらしいがなんとなく押し続けてしまう。給湯室にはどうしてこの機械が置いてないのだろう。よほど珍しいのか女性陣がちらと見ては目を逸らす。今日は気味が悪いことばかりだ。
 お箸を借りるだけ−−広く開いているテーブルの箸立ての前に座る。弁当袋を広げ−−広げるとナプキンになる優れもの−−弁当をあける。二段重ね。おかずは大きめ品薄ぎゅうぎゅう詰め。とりあえずご飯に手を付ける。
 辺りが急に静かになった。静寂という言葉が似合うほどだ。相当好奇心が薄い人でも逆らえないような雰囲気につられ目線を上げる。
 ごく普通のテレビニュース。お昼のニュースだ。
「死んだ」
 私は親が死んでも気を失ったりしない。もちろん、今だって、失神はしなかった。

続く??
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